今日も元気だごはんがうまいぜ
あと、下の記事を先に書いたけどじつはその前に頭に浮かんだのは今から書く話。
私はfinalventさんの日記を毎日読んでるんだけど、ご自身が昔の日記の記事を参照リンクとして挙げてることがたまにあって。
で、読み返して(あーなるほどそうだなあ、でもここの表現のとこが今ひとつ実感としてはよくわからないなあ)などと思うときもある。ふとその日付のコメント欄を観ると、自分がその今ひとつ実感としてよくわからないところを率直におたずねしてたりする。
(1)あんまり進歩がないなあというのと、(2)昔はあまり何かおたずねするのに躊躇してなかったなあ(社会的な上下関係とか他人の目とか気にしてなかった)というのと。苦笑い。
あと、一番あれだと思うのは、(3)私がおたずねしてfinalventさんが答えてくださってるのに、私がその都度ちゃんとお礼言ってないこと。これはほんとにだめだ。
(1)お礼を再度書き込んでさらにレスのご負担をかけるのが申し訳ないとか、(2)お礼だけだととくにレスがなかったこともあったので、ならば別にその話題について締めの言葉的コメントを書かなくてもいっかとか、(3)私が感謝してることをいちいちコメントで何度も書くのはなんか幼い・いつまでも反応を求める口数の無駄に多すぎるくそまじめなあほみたいだとか、(4)毎度書き込まなくても(沈黙の意味の多様さを知ってらっしゃる方だから)私が感謝してることは伝わるだろうとか、なにやらそういった気持ちで書いてなかったんですけど、でもねえ、そんなんじゃなくて、普通にお礼言えばいいことだよなー。と読み返して反省。
今日再読したのはアジアのなめらかな近代化の話とかだけど、それ以外にももう私が憶えているだけでもあれこれおたずねしたり、ご意見を求めたり、いろんな話題でお世話になってる。なのにちゃんとお礼言ってない。まあ漠然と感謝の意を表したりはしてるけど、その都度お伝えしてないのはやっぱだめだと思う。finalventさんすみませんでした。失礼をお許しください。
あ、そうだ。今回何の話からこういうことを考えたかというと、ごはんの炊き方の話。
これ、やってます。鍋で炊いてお櫃に入れたら、すごくおいしい。
母にも教えたら、母も「finalventさんにお礼言わなきゃね」と喜んでました。finalventさんそれもこれもどうもありがとうございます。