雑記

 わびしい夕食をとり、クリスマスを題材にした小説を読んだ。ホリー・コール・トリオのアルバムがちょうど終わる。

 低脂肪の牛乳が不味い。ハーブティーでも淹れようかと少し考える。今日は早めに就寝する予定がこの時間になってしまった。

 仕事に追われながら休日は休日で忙しい日々を送っている。別に不幸せではない。が、少し迷いがある。


 先にハーブティーを淹れよう。


 淹れた。

 クリスマスを題材にした小説のこと。ネットでここ数年、発表されている連作。責任感の強い子供の孤独、女子青年の憎しみ、老人のための歌。共通するテーマは、時の流れへの思いとでもいえるだろうか。

 今自分が置かれている状況、というよりも周囲に対して自分がとってきた姿勢とその結果のことを思う。
 弱い自分という自己規定にとらわれている感があるな。

 後、あまりにも「まとも」に生きている人たちの生活に触れると、なんだか嘘くさい印象すら受ける、その私の感性が多分間違っているんだろうと思う。倫理的にというのではなく、健やかさという意味で。

 しかしその健やかさというものにも疑問を持っている。持っているが、もっと馬鹿になりたいな。ここでまた「前は色々考えていたけど、考えても仕方ないから考えないようになっちゃった」と笑う人のことを思い出した。

 同じ人は、私のことを「ポジティブシンキングだよね」とも言う。それも相当違うと思う。「単に諦めているだけ」などと弁明したが、あまり理解されないようだった。どちらかといえば、何事にも望みを持っていないが責任感で動いており、その過程でいいことがあると予想外なので嬉しい、というような事だと思う。仕事に対する責任感、関わった人たちに対する思いやりという作法。
 もっとも、説明しても理解されないほどに自分の絶望を隠しおおせているというのは、私の大きな勝利だ。積算で相当長時間話していても、伏せるべきことは伏せられたということ。大人だからね。誰かに対する勝利ではなく、なすべきことをなしたという勝利。